横浜地方裁判所 平成2年(ワ)2034号 判決 1991年7月26日
原告
市原道男
ほか三名
被告
宮崎昭治
主文
一 被告は、原告市原道男に対し、金二八七六万〇二四五円、同市原弘恵、同市原香織、同市原知恵美に対し、各金九五七万〇〇八一円及び右各金員に対する昭和六一年六月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、差戻前の第一審、差戻前の第二審、差戻後の第一審を通じてこれを五分し、その三を被告の、その余の原告らの各負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告市原道男に対し、金五六九一万二六〇一円、原告市原弘恵、同市原香織、同市原知恵美に対し、各金一一四二万五四六五円及び右各金員に対する昭和六一年六月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という)
(一) 発生日時 昭和六一年六月五日午前九時一二分ころ
(二) 発生場所 神奈川県小田原市飯泉一六八番地国道二五五号線交差点上(以下「本件事故現場」という)
(三) 加害車両 普通貨物自動車(相模四四の五一八四、以下「被告車」という)
右運転者 被告
(四) 被害車両 普通乗用自動車(相模五九り四七四七、以下「原告車」という)
右運転者 訴外市原暁子(以下「訴外暁子」という)
(五) 態様 本件事故現場は、南北に通じる幹線道路である国道二五五号線と、東西に通じ右国道とほぼ直角に交差する幅員約七メートルの市道との、信号機が設置された交差点内であるところ、訴外暁子は、原告車を運転し、右市道を東から西に進行中右交差点に差し掛かり、前方信号が赤色の停止信号であつたため、原告車を一時停止線の手前で停止させ、同所で約三〇秒ないし一分間停止し、前方信号が青信号に変わつたのを確認したうえ、原告車を発進させて、右交差点内に直進したところ、折から、右国道を北から南へ向けて被告車を運転していた被告が、赤信号を無視して、被告車を時速七〇ないし八〇キロメートルで中央線寄りの右折専用ラインを直進、右交差点内に暴走進入させて来たため、すでに右交差点中央付近まで進行していた原告車は、被告車を避け切れず、同車に原告車の右側面を衝突されて、右交差点内を北方向に転回して右交差点北東角まで飛ばされ、同所にあつた電柱に激突して大破した。
2 被告の責任原因
被告は被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、原告らが本件事故により被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
3 訴外暁子の受傷及び治療経過
訴外暁子は、本件事故により、全身打撲、肝臓破裂、総胆管破裂、出血性ショック及び外傷性右気胸等の傷害を受け、西湖病院に昭和六一年六月五日から同月一四日までの一〇日間入院して、手術その他の治療を受けたが、昭和六一年六月一四日午後一時二四分、劇症肝炎等のため死亡した。
4 相続関係
訴外暁子の相続人は、夫である原告市原道男(以下「原告道男」という)、子である長女同市原弘恵(当時一一歳、以下「原告弘恵」という)、二女同市原香織(当時九歳、以下「原告香織」という)及び三女同市原知恵美(当時二歳、以下「原告知恵美」という)の四名であり、訴外暁子の有していた損害賠償請求権について、原告道男が二分の一、原告弘恵、原告香織及び原告知恵美が各六分の一宛相続した。
5 損害
(一) 訴外暁子の損害 合計金六八五五万二七九一円
(1) 受傷後死亡までの損害 小計金二六万〇一九一円
イ 入院雑費 金一万三〇〇〇円
訴外暁子の前記入院一〇日分(一日一三〇〇円)
ロ 付添看護費 金四万五〇〇〇円
訴外暁子の前記入院一〇日分(一日四五〇〇円)
ハ 休業損害 金八万二一九一円
訴外暁子は、原告道男が営んでいた銘木業の事務・経理全般を担当し、給料を支給されていたところ、昭和六一年度前半の収入は合計金一五〇万円であつたので、右収入から一日あたりの所得を算出し、それに稼働できなかつた前記一〇日を乗じた金額が休業損害となる。
ニ 入院慰謝料 金一二万円
(2) 死亡による損害 小計金六一九九万二六〇〇円
イ 逸失利益 金三九四九万二六〇〇円
訴外暁子は、本件事故当時三五歳であり、前記のとおり昭和六一年度前半の収入は合計金一五〇万円であつたので、右金額を基礎に、就労可能年数を六七歳までの三二年間(新ホフマン係数一八・八〇六)、生活費控除を三割として計算した金額が逸失利益となる。
ロ 死亡慰謝料 金二一〇〇万円
ハ 葬儀費用 金一五〇万円
(3) 弁護士費用 金六三〇万円
以上合計金六八五五万二七九一円が訴外暁子の損害額であるところ、原告らは前記割合により相続したから、原告道男の損害合計額金三四七万六三九六円、原告弘恵、原告香織及び原告知恵美の損害合計額は各金一一四二万五四六五円である。
(二) 原告道男の固有の損害 合計金二二六三万六二〇五円
(1) 営業上の損害 金一二〇〇万円
原告道男は、市原銘木センターという商号で銘木販売業を営んでいるところ、銘木は、床の間の柱等にみられるように、一般材木とは品質を著しく異にし、いわゆる規格品ではなく、一つ一つの製品毎に全く別個の個性と価値を有し個性的で代替性がないものであるから、銘木販売業は、これらの個性ある銘木について、顧客からの注文に適した製品を厳選して仕入れ、販売しなければならず、したがつて、販売業者は、独自に開発した販売・仕入れルートをもつて、受注の都度それに適した対応をしなければならない。
しかるところ、原告道男は、本件事故により妻である訴外暁子に前記のとおり突然先立たれたうえ、被告が事故の原因を強く争つたため、本件事故後相当期間、訴外暁子の看護、葬儀法要一切、子供の世話(特に当時二歳であつた原告知恵美の育児)、本件事故原因の調査(現場や警察調査、目撃者の有無を調査するための現場付近の聞き込み、目撃者宅への事情聴取)等に自らの時間と労力をすべて割かれ、銘木販売業にほとんど従事することができない状態であつた。
そのため、原告道男は、当時左記の者らから注文を受けていたが、仕入れに行く時間が取れずに納期に間に合わせることが不可能になつたため、右契約を解除された。
記
イ 屋根平木材株式会社分 販売予定額金一七五〇万円
ロ 有限会社岡本建設分 販売予定額金三一五〇万円
ハ 関野建築分 販売予定額金一三〇〇万円
ところで、銘木販売業の場合、粗利益は、販売金額に対して少なくとも二割を下回ることはないので、右各販売予定金額の二割は、本件事故による営業損害ということができるが、その内金として金一二〇〇万円を請求する。
(2) 家政婦費用 金七〇七万一一二〇円
原告道男は、訴外暁子の死亡により、原告弘恵ら三名の子供を世話するために家政婦を雇わざるを得なくなり、一日当たり金二四〇〇円(時給六〇〇円で四時間)、一か月二五日間稼働ということで家政婦を雇い始めたが、これを必要とする期間は、当時二歳であつた原告知恵美が中学卒業までの一三年間(新ホフマン係数九・八二一)である。
(3) 調査費用 金五〇万円
被告は、本件事故の原因が被告が赤信号を無視したことにあるにもかかわらず、訴外暁子が信号を無視したと主張して不当に抗争するので、原告道男は、本件事故の関係者宅に再三足を運んで事実の再調査をしたり、目撃者発見のため、警察と幾度も交渉を重ねたうえ、本件事故現場の交差点に看板を掲げたり、刑事手続関係では、検察審査会に審査の申し立てをし、その結果に対し東京高等検察庁に不服申し立てをしたり等、様々な努力をしているところ、そのための交通費や調査費用として少なくとも金五〇万円以上を費やした。
(4) 原告道男の母の入院費用 金一一六万五〇八五円
原告道男の母である訴外市原いくは病弱であり、従来は訴外暁子が看護していたところ、同人の死亡により看護する者がいなくなつたため、原告道男は、やむなく訴外市原いくを神奈川県足柄上郡開成町金井島所在の高台病院に入院させることを余儀なくされた。
その入院費用として、昭和六一年から同六三年五月分まで合計金一一六万五〇八五円を支払つており、その後も一か月約六万円必要であるところ、右費用は本件事故と相当因果関係のある損害といえるので、右金額の限度で請求する。
(5) 弁護士費用 金一九〇万円
6 よつて、原告らは、被告に対し、自賠法三条に基づく損害賠償として、原告道男については五六九一万二六〇一円、原告弘恵、原告香織及び原告知恵美については各金一一四二万五四六五円並びにこれらに対するいずれも本件事故の日である昭和六一年六月五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(四)の各事実はいずれも認め、同(五)の本件事故の態様に関する事実は否認する。
2 同2の事実のうち、被告が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは認め、被告には自賠法三条による責任があるとの主張は争う。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実も認める。
5(一) 同5、(一)、(1)、イ、入院雑費については、訴外暁子の入院期間一〇日間につき、一日当たり金一〇〇〇円が相当である。
(二) 同5、(一)、(1)、ロ、付添看護費については、訴外暁子の入院期間一〇日間中、同人の家族が付き添つたことは認め、その額は、一日当たり金三五〇〇円が相当である。
(三) 同5、(一)、(1)、ハ、休業損害については、訴外暁子が前記入院期間中の一〇日間は稼働することができなかつたことは認め、同人の収入額は否認する。同人の所得はいわゆる専従者給与であるところ、右は青色申告に特権的に認められた優遇措置であり、必ずしも労働の対価としての所得を意味しない。したがつて、同人の収入額については、女子年齢別の昭和六一年度の平均所得である月額一八万九三〇〇円を基礎に計算すべきである。
(四) 同5、(一)、(1)、ニ、入院慰謝料については、金一〇万円が相当である。
(五) 同5、(一)、(2)、イ、逸失利益については、訴外暁子の収入額を否認する。前記のとおり、同人の収入額は、女子年齢別の昭和六一年度の平均所得月額一八万九三〇〇円(年額二二七万一六〇〇円)とすべきである。したがつて、同人の逸失利益は、右収入額を基礎に、就労可能年数を六七歳までの三二年間(ライプニツツ係数一五・八〇三)、生活費控除を三割として計算すべきである。
(六) 同5、(一)、(2)、ロ、死亡慰謝料については、金一三〇〇万円が相当である。
(七) 同5、(一)、(2)、ハ、葬儀費用については、金一〇〇万円が相当である。
(八) 同5、(一)、(3)については、争う。
(九) 同5、(二)、(1)ないし(5)については、争う。これらは、いずれも間接損害ないし因果関係のない損害であり、その請求は失当である。
三 抗弁
1(自賠法三条但書による免責)
本件事故は、被告が被告車を運転し、国道二五五号線の歩道寄りの第一車線を北から南に向けて、時速四〇ないし五〇キロメートルで青信号に従つて進行中、訴外暁子の運転する原告車が、赤信号を無視して、左方道路から本件事故現場の交差点内に進入してきたため発生したものであつて、訴外暁子の赤信号無視による自損事故である。
したがつて、本件事故につき被告に何らの過失もなく、かつ、被告車に構造上の欠陥及び機能の障害もないので、被告は、本件事故により生じた人身損害につき、自賠法三条但書により免責されるものである。
2(過失相殺)
本件では、原告らの被告に対する民法七〇九条による損害賠償の請求は、被告に信号無視の過失が存することが証明できないとして請求が棄却され(右判決部分は確定)、原告らの被告に対する自賠法三条による損害賠償の請求は、原告車が赤信号で発進したと認めるについて合理的疑いも解消できないとして、被告の無過失が立証できず、被告の責任が認められたものであり、同一の事実関係ながら、立証責任の分配によつて、正反対の結論が導き出されているものである。
このような場合に、被害者の不注意につき、責任原因と同様の過失認定を行えば、当然に過失相殺の適用を否定することになるが、それは、公平の見地から、損害発生について寄与した被害者の不注意を、損害賠償の額を定めるにつき考慮すべきとする過失相殺の制度の理念に反することになり妥当でない。また、過失相殺に言う過失は、そもそも、責任原因としての過失とは異なり、損害額の減額要因となる被害者の不注意であれば足りるものであるから、その証明の程度、方法も責任原因としての過失とは異なつてしかるべきである。
そうすると、本件における被害者の不注意については、次のように考えるべきである。
すなわち、証拠上ある程度の蓋然性をもつて事実認定が可能と思われるが、なお、真偽不明の部分が残るときは、過失相殺によつて損害賠償の調整機能が図られなければならないのであつて、立証責任の問題は、その際なお真偽不明の部分について加害者の不利益に帰するものとして、その限度で過失相殺をしないとすることによつて解決されるべきである。
ところで、本件事故現場の信号機は、被告から見て、青色六一秒、次いで黄色四秒、この間六五秒は訴外暁子から見て赤色であり、これに続く二秒間は双方赤色となるところ、原告車が赤信号で発進したと認めるについて合理的疑いも解消できないとされているのであるから、訴外暁子の赤信号無視の事実は被告の不利益に帰するものとして、その限度で過失相殺の対象とはならないが、他方、被告に信号無視の過失が存することが証明できないとされているのであるから、訴外暁子の赤信号無視の事実を認定しないでも、同人の過失を八割と見ることができるものである。
かりに、右のような考えをとらないとしても、信号機のある交差点での被告の過失の証明のない場合は、被告が青信号の場合に限られるのであるから、右事実は、過失相殺においてしん酌されるべきであり、その場合の訴外暁子の過失割合は九割というべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の主張は争う。
2 同2の主張も争う。
本件では、訴外暁子の過失は、信号無視の点以外に考えられないところ、差戻前第二審において、訴外暁子が赤信号で発進した事実は立証されない旨判断され、その差戻審である当審では、右と異なる判断をすることができない。したがつて、過失相殺の主張は採用の余地がない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 本件事故の発生については、当事者間に争いがない。
二 差戻前第二審判決は、本件訴訟の争点は、原告車が赤信号で発進したのか、被告車が赤信号で本件事故現場の交差点を渡ろうとしたのかという点であるとし、前者については、原告車が赤信号で発進した(つまり被告は無過失であつた)と認めるについての合理的疑いも解消し得ず、被告の無過失の証明もないとし、後者についても、その証明はないと認定している。
そして、右判決は、右前者の認定に基づき、被告の自賠法三条但書の免責を認めず、同人に対し同条本文の損害賠償責任を認め、差戻前第一審の人身損害の賠償請求に係る部分を取り消して当審に差し戻し、右判決は確定した。
三 そこで、本件の争点は、訴外暁子及び原告道男の損害の有無、その程度及び過失相殺の適否である。
四 まず、訴外暁子の損害について検討する。
1 入院雑費 金一万二〇〇〇円
訴外暁子が昭和六一年六月五日から同月一四日までの一〇日間、西湘病院において入院治療を受けたことは当事者間に争いがないところ、前記認定事実によれば、訴外暁子が右入院期間中一日当たり一二〇〇円を下らない雑費を要したことを推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はないから、同人は、入院雑費として合計金一万二〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。
2 付添看護費 金四万円
前記のとおり、訴外暁子が昭和六一年六月五日から同月一四日までの一〇日間、西湘病院に入院し、右期間は付添看護を必要としたことは当事者間に争いがないところ、差戻前第一審における原告市原道男本人尋問の結果によれば、右期間中原告道男が付き添つたことが認められ、近親者の入院付添費は、一日当たり四〇〇〇円と認めるのが相当であるから、訴外暁子は付添看護費として合計金四万円の損害を被つたものというべきである。
3 休業損害 金八万二一九一円
原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認め得る同第三五号証及び当審における原告市原道男本人尋問の結果によれば、訴外暁子は、生前、原告道男の営む銘木販売業において、経理及び来客の応対等の事務に従事し、これにより昭和六一年前半は合計金一五〇万円の収入を得ていたことが認められる。また、訴外暁子が昭和六一年六月五日から同月一四日までの一〇日間、稼働する意思がありながら稼働できなかつたことは当事者間に争いがない。
したがつて、訴外暁子は、右収入から一日あたりの所得を算出し、それに右日数を乗じた金八万二一九一円の休業損害を被つたものというべきである。
4 逸失利益 金三三一八万六三〇〇円
原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証及び差戻前第一審における原告市原道男本人尋問の結果によれば、訴外暁子は、本件事故当時満三五歳(昭和二五年一〇月二日生)の健康な女子であつたことが認められ、また、前認定のとおり、訴外暁子は、生前、原告道男の営む銘木販売業において、経理及び来客の応対等の事務に従事し、これにより昭和六一年前半は合計金一五〇万円の収入を得ていたものである。
右事実によれば、訴外暁子は、本件事故にあわなければ、死亡時の年齢三五歳から六七歳に至るまでの三二年間稼働可能であり、右稼働期間中は右と同程度の収入を得ることができたものと推認されるが、一方、右期間を通じて生活費として収入の三割を必要とすると推認するのが相当である。
したがつて、右年収額金三〇〇万円から生活費三割を控除した額(金二一〇万円)を基礎にライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、訴外暁子の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は金三三一八万六三〇〇円となる。
2,100,000×15,803=33,186,300
5 慰謝料 金一八〇〇万円
本件事故の態様、事故当時の訴外暁子の年齢、その家族構成等、本件訴訟に現れた諸般の事情を考慮すると、本件事故により同人の被つた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、金一八〇〇万円が相当である。
6 葬儀費用 金一〇〇万円
差戻前第一審における原告市原道男本人尋問の結果によれば、訴外暁子の死亡に伴い、その葬儀が執り行われたことが認められるところ、右葬儀費用として本件事故と相当因果関係にある損害は、金一〇〇万円が相当である。
7 相続
訴外暁子と原告らの相続関係については当事者間に争いがないところ、原告らは、訴外暁子の死亡に伴い、右1ないし6の損害賠償請求権(合計金五二三二万〇四九一円)を、原告道男については二分の一(金二六一六万〇二四五円)、原告弘恵、同香織、同知恵美については各六分の一(各金八七二万〇〇八一円)をそれぞれ相続したものというべきである。
五 次に、原告道男の固有の損害について判断する。
本件事故による直接の被害者は、本件事故により受傷し、次いで死亡するに至つた訴外暁子というべきであるから、本件事故による損害賠償請求の主体となり得るのは、原則として、直接被害者である同人であるといわなければならない。
しかし、特段の事情のある場合は、直接被害者の近親者等のいわゆる間接被害者も損害賠償の請求主体となり得るものと解すべきである。
すなわち、第一に、直接被害者が加害者に対して損害賠償として請求し得べきものを、近親者等が肩代わりして支払つたために、近親者等が自己に反射的に生じた損害を請求するような場合であり、第二に、死亡事故の場合に、近親者が、近親者固有の慰謝料、逸失扶養利益及び葬儀費等を請求するような場合である。この請求権は、近親者が直接被害者である死者の慰謝料請求権、逸失利益請求権及び葬儀費の賠償請求権等をその相続により取得したとして請求する場合のそれぞれの請求権と実質的には重なり合うものといえる。
以上の二つの場合には、例外的に、近親者等のいわゆる間接被害者も損害賠償の請求主体として認められるのは、上記請求権が、いずれも、実質的には直接被害者の被つた損害ないしその変形物を内容とする損害賠償請求権にほかならず、それを認めても、加害者に加重の負担を負わせることにはならないからである。
したがつて、以上の特段の事情のある場合以外には、近親者の損害賠償請求は、右近親者に対する関係で不法行為が成立すると認められる場合は格別、そうでないかぎり認められるべきではないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件において原告道男固有の損害として請求されているものは、すべて上記特段の事情のある場合にはあたらないものであるから、原告道男に対して不法行為が成立して、いわば同人が直接被害者となる場合は格別、訴外暁子に対する不法行為が問題となつている本件においては、原告道男は、右各損害賠償の請求主体とはなり得ず、したがつて、その請求は理由がないものといわざるを得ない。
六 過失相殺について判断する。
被告は、過失相殺については証明の程度、方法も責任原因としての過失とは異なることを前提に、立証責任もふまえた前記の主張をなしているものであるところ、なるほど、過失相殺にいう過失は、責任原因としての過失とは異なり、損害額の減額要因となる被害者の不注意であれば足りるものであるが、他方、それを基礎づける具体的事実は主要事実と同様に証明されなければならないものであり、かかる事実が証明されて初めてその認定事実を基にして被害者の不注意の有無が判断されるものである。したがつて、被告の過失相殺についての見解は独自のものであつて、そもそも採用の限りでない。
ところで、差戻を受けた裁判所は、上級裁判所が取消の理由とした事実上及び法律上の判断に拘束され、これと異なる判断をすることができないところ、本件では、差戻前第二審において、訴外暁子が赤信号で発進した事実が立証されない旨判断されているものであるから、当審ではこれと異なる判断をすることができない。してみれば、訴外暁子の信号無視の事実の立証がないのであるから、この点の過失相殺の余地はなく、また、右以外に同人の過失を基礎づける事実の主張も立証もない。
なお、被告は、民法七〇九条による損害賠償の請求において、被告に信号無視の過失が存することが証明できないとして請求が棄却されたことをもつて、被告が青信号であつたと主張するが、右判断は、被告の信号無視の事実が立証されなかつたことを意味するに留まり、被告の青信号まで認定しているものではなく、また、右事実を認めるに足りる証拠もない。
したがつて、被告の過失相殺の主張は失当というべきである。
七 弁護士費用
原告らが本件代理人に本訴の追行を委任し、報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び本訴認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告道男につき金二六〇万円、原告弘恵、同香織、同知恵美につき各金八五万円とするのが相当である。
八 以上によれば、被告は、本件事故に基づく損害賠償として、原告道男に対して金二八七六万〇二四五円、原告弘恵、同香織、同知恵美に対して各金九五七万〇〇八一円を支払う義務があるものといわなければならない。
九 よつて、原告らの本訴請求は、右損害賠償金として、原告道男については金二八七六万〇二四五円、原告弘恵、同香織、同知恵美については各金九五七万〇〇八一円及び右各金員に対する本件不法行為の日である昭和六一年六月五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉盛雄 宇田川基 浦野真美子)